「親から金むしり取りガイジ、地底からのぞき窓」
- お日様が出てないときに読んでほしい文章
今、深夜に起きて、朝が来たら眠る、っていうニート全開の生活をしてるんだけど、日光って、人間を正しい方向に導くなあ……って、日光が差し込む部屋でそう思った。
逆に、夜って本当に人間を底なし沼にしずめる。何を考えたって、「死んだら全部解決するじゃねえか!!!天才じゃねえか私!!!」ってなっちゃう。薬とかお酒とか煙草って、絶対に夜に生活しなきゃいけない人が、作り出したものだよなあ。
私の人生の目標は、「死にたい」とか思わないために過ごすことなんだけど、薬なしでは健全に夜中にぐっすり眠るとかできなさそうだし、syrup16gの音楽みたいに「先生もっと薬をくれよ」って叫びたい気持ちを抱えてる。
毎日死にたかった中学・高校時代に、死んだ目でsyrup16gの音楽を通学中に聴いてたけど、あんなの、ぶっ通しで聴いてたら本当に自殺したくなる(syrup16gはめちゃくちゃ大好きだということを断っておく)。夜に、ダメダメな自分を否定するために聴くのはいいんだけど、まっとうに社会生活を送ることも大切にしたいんだったら、朝はsyrup16gを聴いてはいけません。
私がこうやって吐き出してる文章も、朝とか昼とか、太陽が出てる時間に読んでも、気分を暗くして、日常生活に支障が出るかもしれない。でも、ずっと1日中夜みたいな生き方しかできないんだよなあ……。
- 「働いて、結婚して、子どもを産む」←全部嫌です
話は全然変わって、今、婚活が流行ってる。流行ってるっていう言い方には語弊があるなら、「広告代理店が、バレンタイン並みに、ゴリゴリにプッシュしてるなあ」って言い換えたい。まるで、「結婚適齢期に結婚できない女は死ね!」っていう勢い。「ああ、誰かが都合のいいように女性を動かそうとしてるなあ」って感じる。結婚したい女子3人組の「東京タラレバ娘」とか、吉高由里子主演でドラマ化してるし、「結婚できない行き遅れ」に対する、世の中のバッシング、怖すぎでしょ^^;
私は、ヤク中で自宅のベランダから飛び降りて公務員っていう特権階級から降ろされたにも関わらず、また「いつか普通の生活に戻れる!」とか夢見てて、この「東京タラレバ娘」を読みながら「私はまだ24才だし、今から頑張れば人生の遅れを取り戻せる!」とか思ってた。完全に、広告代理店の闇に飲まれてる。そういえば、若い女性が自殺した某広告代理店の飲み会って、若手社員がオシッコを飲まされたり本当にえげつないらしいな……。
たびたび、「ネットは洗脳されるし、SNS断ちしたい」とかブログで書きながら、薬と同じで、ネットってすごい刺激的だから、意識してもやめられる気がしない。「就職しろオラオラ! 結婚しろオラオラ! 子ども産めオラオラ!」って迫られる。
そういえば、数少ない同級生の友達で、24才で年上の銀行員と結婚したっていう女の子がいて、私にラインでこういうことを送ってくるわけ。
「東京タラレバ娘見てたら、結婚できてよかったー♡って、今の旦那さんへの愛が止まらない」
私は、「安全な立場から見るほど、安心できるものはないよね!」って思った(実際にそう返信した記憶もある)。嫌味とかじゃなくて、本当に心からそう思って、「ああ、広告代理店の闇から逃げ切れたのか! お疲れさま!」って感じた。でも、もしかしたら闇に突っ込んだのかもしれないけど。
結婚って、本当にキツいだろうなあと思う。精神障がい者の私には、絶対にできない。親戚づきあいとか気が狂いそう(今いる親戚と付き合うのですらしんどい)。「あんた、行き遅れなんだね。かわいそう」って思われる方が、全然マシ。だって、色んな人間関係で疲弊するより、「かわいそう」って勝手に人に思われてた方が、受動的で、楽だしな。
また自分を正当化するようなクソ文章を書いてしまった。もちろん、「結婚適齢期に結婚できちゃう健常者or働いて自立してる女子」が、まぶしくてしょうがない。「ニートのワイ、低みの見物」レベルではない。「親から金むしり取りガイジ、地底からのぞき窓」である。
だけど、「結婚できた!」ってひとつ悩みが終わったら、「旦那が育児に参加しないし死んでほしい」とか次の悩みもやってくる。自分ひとり養うことすらできない私には、そういう悩みとは無縁でいられる。自分の命の責任だけ背負って生きていけばいいっていうの、案外、荷が軽い。
すべて、自分を認めるための、正当化でしかないけど。相変わらず「どうにもでもならんときは、自分の命さえも投げ出しちゃえ」って思うし。子どもを持つと、誰かのために生きられそうだし、そういうのは素敵だよな。
偉そうなことを言って断薬して2日しか経ってない件についてwwwwww
- 偉そうなことを言って断薬して2日しか経ってない件についてwwwwww
私がどうしてここまで薬にドはまりしちゃったのか、もう1つ思い出したので書いておこうと思う。
療養中に見た映画で、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」っていうのがある。
ディカプリオ主演で、外資系銀行のブローカーの話で、ストーリーは割愛するけど、映画の中で、主人公がもう薬をキメまくるわけ。しかも、悪い文脈でそれが描かれてない。
「おい、入手不可能って言われる薬を手に入れたぞ! お祝いに今夜キメようぜ!」って、そういうポップな感じで役者が言うわけ(別に薬物がテーマの映画じゃないんだけど)。
で、私は映画を見てる時、別に精神的につらくもしんどくも何ともなかったんだけど、隠し持った薬を思わずキメてしまった。主人公と一緒にトリップしながら映画を見終えた。
もちろん、薬をキメまくった主人公は、色んな罪で逮捕されちゃうんだけど、映画の最後でまた復活して、最後は希望を持って描かれてるから、私も無駄に夢を見てしまったんだと思う。梅干しを見たら唾液が出るように、この映画を見たら、100%薬をキメたくなる(記事を書いてる今でも、そばに薬があったら確実にキメてた)。
麻薬的な恐ろしさだ。「もう2度と薬はしない」みたいなことを言ったそばから、もう薬を試したくてしょうがないんだから。
つらさから逃れるために薬を飲んでたのが、いつの間にか、トリップするために飲んでたんだから、やばいよな。合法薬が効かなくなって、無理やり親にベッドに縛り付けられなかったら、違法薬だってやってたかもしれない。この戦いは、一生続くんだろうな。ジャンキーだ、文字どおり。薬づけジャンキー女の人生の末路。人生、しんどいことしかないから、一瞬の光を見たくて、薬をやっちゃう。
私は映画を見て薬をやりたくなったけど、人によってキッカケは色々だろうな。だから、ネットなんてあんまりやらない方がいい。「正しく生きる方法」を検索してたら、「人生の踏み外し方」にたどり着くようなのがネットだから。
薬と縁が切れそうな話
・薬と縁が切れそうな話
親に薬を隠し持っていることがバレた。
そりゃあそうだろうなと思う。薬でキマってる時の私は、客観的に見たらおかしくなってる。疑った親が、部屋を捜索するのは当然の流れだった。
2日ぶりに風呂に入って、風呂から上がったら両親に神妙な顔つきで居間に呼ばれたので、「ああこりゃ薬バレしたな」と思った。部屋に戻ったら、隠していた薬が全部なくなっていた。
2日前までの私だったら、表面的に両親に泣きながら言い訳をして、また薬をクレジットカードで買ってたと思うんだけど、薬でやらかしたことを心底反省してたし(「人と縁が結べない話」っていう記事で書いた)、薬でキマってやらかしたことで人を傷つけてしまっていたので、「もう閉鎖病棟にぶち込むなりしてくれ」と諦めた気持ちで、親にこのブログの記事を印刷して提出した。
母親は、黙って薬を処分してた。父親は、めちゃくちゃ頭が良いんだけど、私が話したことをすぐに理解してくれた。泣きながら、父親の考え方の柔軟さにびっくりしてた。
私が、「死んでも生きても迷惑をかける」って言ったら、「生きて迷惑をかけてくれ」って言ってた。いい話だなあ。
私は何でもマイナスに考えてしまうんだけど、それってネットのせいかもしれない。「働けなくなったら、生活保護しかない」みたいな、極端な、偏った考え方になってしまう。
ネットでくらい、人の不幸を見ていたいもんね。ただのいい話を誰も求めてないから、マイナスの感情ばかりがネットには漂ってる。
私の人生はマイナスから始まってるんだけど、それをプラスにするためにずっと薬を飲んでた。だけど、今は、マイナスから0にするために薬を飲みたい。テンションを上げるために薬を飲んでたけど、今は「死にたい」とか思わないために、薬を飲みたい。
要するに、気分を上げるために、もう薬を使うのはやめよう、って心底思った。人よりも感謝の感情が私は薄いんだけど、両親には死ぬまで頭が上がらないと思う。いわゆる、「普通の家庭」に生まれてたら、本当に自殺しちゃってただろうなあ。それで、友達でもない奴から、「なんで悩みを打ち明けてくれなかったの」とか言わちゃうんだろうなあ(笑)
健常者の人って、毎秒「死にたい」って思ったりしないんだな。母親に、「あなたの考えてるしんどさがわからない」ってハッキリ言われて、「ああ健常者って死にたいって思ったりしないんだな」って気がつけた。
とりあえず、これからは、「働いて、結婚して、子どもを産む」っていう普通の生き方にとらわれて生きるのはやめようと思う。あと、健常者に、しんどさをわかってもらおうと思うのは、高望みしてるなあって。傲慢なんだな。
健常者に、「死にたい」って言っても、
「しんどくても一生けん命生きてる人はいっぱいいる!(俺はしんどい思いして生きてるからおまえも我慢しろ)」
「悩みがあったらいつでも聞くよ?(聞かない上に、説教をし出す)」
「俺と付き合ったら、今までの嫌なこと忘れさせてあげる!(おまえの存在がストレス)」
みたいな、寒い論調でしかものを言われないから、黙っているのが正解なんだろうけど、「それは違います」って、こうやって言葉を尽くして、たとえわかってもらえなくても、主張し続けることが、私の生きることなのかなあって思います。
人と縁が結べない話
- 人と縁が結べない話
目が覚めて、またやらかしてしまったと思った。
薬でラリって、ネットで知り合った人とスカイプで話してる最中に号泣して過呼吸を起こして深夜に両親を起こしてしまった。ネットの人には「話してる間は人の目をみましょう」みたいな普通のことを説教されたんだけど(あんまり覚えていない)、それで私は人の目を見れない自分が嫌になって号泣したみたいだった。職場でも似たようなことを言われてたから、フラッシュバックしたのかもしれない。30時間くらいぶっ通し起きて、かつ薬をキメまくってたから、精神状態もマトモじゃなかったんだと思う。
それ以外にも、美容外科クリニックに予約の電話を入れたり(前にも予約を入れてシラフの時に2回キャンセルの電話を入れた)、度の合わない眼鏡を買ったり、3万以上もする服を買ったりしていた。あと、覚えのないチャットを知り合いに飛ばしたりしていた。薬で記憶を失ったことがないからさすがにやばいと思った。薬が抜けた冷静な頭で、やらかしたことを後悔した。
私は薬物中毒で、1日に60錠くらい薬を飲みながら働いてて、公務員を1年足らずで辞めたんだけど、それでも薬を全然やめられる気がしなかった。なんせ生きてることがつらい。だから、お酒でいい気持ちになるように、薬でキマっていい気持ちになる。お酒が飲めないので、薬にハマったんだと思う。ずっとラリった状態が続けば生きてられる気がしてた。
医者には今度薬に手を出したら閉鎖病棟に強制入院だと言われた。それでも私は薬をやめる気はなかった。薬なしで生きるより、薬でラリってハッピーに生きた方が幸せだと思ってた。
でも、眠りから目が覚めて、薬でキマってやらかしたことを後悔して、薬をキメたところで私の性格まで変えることはできないんだなとぼんやり思った。
私の普段の性格は、口下手で、人よりも色んなことを感じているんだけど、それをうまく言葉にできない。だから薬でキマって、理性で抑えていたことを本能全開でやらかしてしまう。
薬でハッピーになってる本人はいいけど、キマってる状態は第3者から見たらちょっと怖いと思う。目もすわり、饒舌になって相手が話そうとしてることをさえぎってまで話そうとする。自律神経が壊れてめちゃくちゃ喉がかわいたり、体温調節ができなくなる。
薬が抜けた冷静な頭で考えると、私は薬で脳みそを酔わせた状態で、人間関係で問題を起こしてきた。医者には発達障害を疑われたけど、きっと違うんじゃないかと思ってる(テストを受けたけど、グレーゾーンで、黒ではなかった)。薬を間違った使い方をしてるせいでしかない。薬で余計なことをして、人にそれを正されて、自分の人格を否定された気持ちになって、色んな縁を自分から切ってきた。人と縁を切ってでも、薬との縁は切れない。
- 人の目を1秒も見れない話
私は社会不安障害っていう精神の病気で、一言で言うと、対人恐怖症で、大学生まで人と会話のキャッチボールをすることがほとんどできなかった。人と基本的に話すのが苦手で、かつ嫌いで、これはもう自意識が芽生えた時からそうだった。
だから、自分なりに色んな本を読んで、性格を変えようと思っても、中々治すことはできなかった。人と話そうとすると、めちゃくちゃに緊張して何も言葉が出てこなくなる。あと、電車で人の視線が気になってしょうがない。健常者がふつうにできてることができない。
それでも、努力すれば変わるんじゃないかと期待してた。だけど、ネットや本で社会不安障害のことを調べるうちに、「障害だけじゃなくて、私はそれ以外にも問題を抱えてる」っていうことに気がついた。他の社会不安障害の人のブログを見ても、「死にたい」とか書いてる人は少なかった。
大学に行ってから薬を飲んで人と話せるようにはなったけど、薬を飲んで、自律神経を壊してまで、なんで人と関わらなければいけないんだろう? って虚しくなって、大学3回生の時は、昼食を友達ととるのが嫌になって、自転車を飛ばして鴨川の河川敷でひとりでご飯を食べていた。急によそよそしくなった私に、友達も戸惑ったと思う。ブスなんだけけど話が面白い女の子にいじめられたりもした。その子は京都府庁の公務員試験に合格して、今でも元気にお勤めしてる。
あと、神社仏閣にはまったく興味がなかったけど、縁切り神社っていう悪縁と縁を切る神社にひとりで行って「障害と縁が切れますように」って書いた。でも、死なないとこの縁は切れないと思う。
- 「私、対人恐怖なんです」と自己開示する潔さ
こうやって自分語りの文章を書いてる間にも、母親が部屋に入ってきて、また私は号泣してたんだけど(親も飽きてると思う)、昨日号泣した時とは違って、泣きながらも冷静な自分がいた。
母親はさすがに敏感で、「昨日のあなたは、薬を飲んでいたときに戻ったみたい。また自分で薬を買ってるんじゃないか」と疑ってた。正解です。そういえば、薬漬けにされた精神科医に、面と向かって「ヤブ医者」って言って、出禁にされたこともある。
でも、きっと死ぬまで薬をやめられない。親には本当に申し訳ない。生きてるだけで迷惑をかけるから、生命保険が切れる今年の3月までには死にたいけど、死んでも親を悲しませて迷惑をかけるし、本当にジレンマだ。
だけど、今は薬をキメていないから、泣きながらも冷静な自分がいて、「薬でテンションが上がったぶんだけ、落ち込みも激しくなるんじゃないか」とふっと気がついた。
前にも書いたけど、職場で「人の話を聞く時は、メモを取らずに目を見なさい」っていうことを注意されて、社会人としては当たり前のことだけど、本当にそういう普通のことができなくて、どうして自分はふつうのことが当たり前にできないんだろう、って絶望しながらまた薬を飲んだ。
私は今まで「ふつうになりたい、ふつうに生きたい」ってそればっかり考えて、異常者に見られることを避けてきたんだけど、「私、人の目を見るのが苦手なんです。薬を飲まないと見れません」って言っちゃった方がいいのかなあって思った。
職場でも、号泣しながら「死にたい。薬を飲みながら働いてる」って言ったら、上司も気をつかい出したし。上司も変な人だったけど、私も十分変だった。人に事情を打ち明けて、開き直った方が絶対に楽だと思う。上司も障害がある子どもがいることをあっけらかんとぶっちゃけてたし。本人はめちゃくちゃしんどいだろうけど。
- 一瞬の幸せのために、人を傷つけてもいいのか
こうやって振り返って、薬で人を傷つけてしまったんだなあと思う。友達と通話中に、違う友達の名前と何度も呼び間違えてしまったこともある。
当分の間、薬の乱用は止むだろうとは思うけど、それでも隠し持った薬を捨てるほどの潔さはまだない。身近に薬があると、また飲んでしまうと思う。元気になったらダルクとかに通った方がいいんだろうなあと思う。合法薬は、身体的依存が少ないぶん、また乱用してしまいやすいらしい。
ネットは、精神にもあんまりよくないし、当分の間、文章以外で何かを発信することはやめようと思う。スカイプも人を傷つけるしログインしないでおこうと思う。
まだ24年しか生きてないけど、背負うものが重すぎてしんどい。結婚して専業主婦になったら、仕事をするよりは人と関わらなくていいかもしれないけど、子どもは絶対に欲しくない。自分の子どもが、私みたいに「生きてるだけでしんどい」とか言い出したら本当にキツイだろうなあ。
とりあえず、文章を書いてる間は、ストレスを発散できるし、時間も過ぎるのが早いから、こうやって自分語りを続けようと思う。私みたいに生きてるのがしんどい人の助けになる仕事ができたらいちばんいいんだろうけど。でもとりあえずは自分を幸せにしてからだなあ。
「この仕事しかない」という勘違い(※閲覧注意;合法薬物に関する事項あり)
- あ、税金でメシ食ってました
日本の正社員の労働条件は、最低でもこうだ。週5日勤務、1日8時間労働。世間の認識では、ホワイト企業と拍手される。私が半年間働いた市役所は、この条件だった。ただ、3か月ほど働いたところで、1日が1週間のように密度が濃く重く感じるようになった。
そもそも、週5勤務、1日8時間労働は働きすぎであると思う。私の場合、薬を乱用していたことも影響しているかもしれないが、仕事で疲労し、家に帰ってもくたくたになってご飯を食べるパワーも搾り取られてなくなっていた。夏場でもお風呂に3日くらい入らなかったこともある。
しかし、誰もが最低週5、最低8時間労働をできると思い込まないでほしい。それが「当たり前」という前提で、枠に閉じ込め、相手に押し付けると、相手は嫌になって耳をふさいでしまう。
私は世間の認識では最低労働時間の公務員でさえ務まらず、結局半年足らずで働くことができなくなったが、逆に公務員試験を通過し、半年も働くことができたのは薬のおかげだと思っている。
- 薬物依存ジャンキー女ができるまで
薬の味を覚えたのは大学3年生の時のことだ。私は人と話すことが苦手で嫌いだったので、飲み会が大嫌いだった。よくドタキャンをした。
だが、ある時、ゼミの発表があった時、緊張を抑えるために薬を服用した後に、発表がうまくいったため、その場の気分でゼミの飲み会に出席したことがある。その時の私はいつになく饒舌に話すことができた。
そもそも、このように文章でくどく自分の内面を表現するくらいなので、普段から人よりもたくさんのものを感じていると思う。が、口頭で表現するのは苦手だ。だから、言葉で誰かとコミュニケーションをとれたことは嬉しかった。
その時のことを、友人は「お酒が入ってたからだろうね。よく喋ってた」と話していたが、私はペラペラと陽気に話している間も、自分がなぜこのように気分が高揚しているのかに気づいていた。コンスタン0.8mg(安定剤) のおかげである。更に言えば、お酒と薬が強く作用したのである。発表前に服用したその薬の影響としか思えなかった。
薬は本来、病気をなおす、あるいは緩和することを目的に作られるが、あるキッカケで誰かが違う使い方に気づいてしまう。私の場合はそのキッカケがゼミの飲み会だった。それから、私は薬で人格を変えて人生を楽しむ味を知った。薬の力で、人と目を見て話すこともできたし、体はなぜか軽くなったし、何もないのにテンションが上がった。
しかし、私のジャンキー生活は、「自殺の仕方をぐぐる人生」という記事で記したとおり、薬剤性パーキンソン病によりベランダから飛び降りる所で終わっている。
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- 咳止めブロンをODしまくった女の末路
私の薬物ライフを加速させたのは、就職の面接だった。私は民間企業の面接は受けず、公務員試験しか受けなかったが、「就職の面接」というものを、高校生くらいの頃から恐れていた。社会的な場面で、極度に緊張をしてしまう社交不安障害という精神病を患っていたためである。
そのため、面接前には、ネットで個人輸入した薬を30錠くらいODして挑んでいた。ただ、当時の私にODをしているという感覚はなく、「緊張をするときに数錠ずつ服用する」という方法をとっていた。だが、数錠ずつ服用しても全体量はODに値する。だから、Z市の面接会場ではラリってしまって、待機場所で変なことをしてしまった気がする。4つ自治体を受けたが、Z市はこれが原因だったかはわからないが、落ちてしまった。
薬の力で事なきを得て(?)、私は公務員仲間や先生から、「すごい楽って聞くよ」と噂の自治体を選んだ。結局、配属された部署は全く楽ではなく、新規採用者の中で、おそらく仕事の難易度の高い部署だった。
だが、就職してからも薬との縁は切れなかった。なんせ、薬は飲むだけで100%私に報いてくれる。人間なんかよりも、信用できるものが薬だった。薬は、友人であり、恋人であり、家族であり、宝物だった。
しかし、薬は副作用というキバをむく。今まではそれさえも可愛いものだと思っていたが、社会人になると状況が変わる。新しい環境に緊張していたため、1日に10錠ほど服用し、眠気が起こることはしょっちゅうで、新採研修では起こされていることにも気づかず爆睡してしまい、研修担当の人事に目をつけられてしまった。また、仕事も覚えるのが遅く、不器用だったので、上司からはよくイヤミを言われていた。
「いやあ、墓さんは、学歴はいいけど、仕事あんまりできないね。他の人は学歴は誇れないけど、仕事はできるって不思議だね。ウチの部署は、学歴と仕事が逆やなあ。ハハハ!!!」
また、面談時には、「墓さん、発達障害じゃない? 親族にそういう人いない?」とも言われ、上司は裁判で訴えられる覚悟があって話しているのだろうかと思った。上司には、障害を抱えた子どもが2人いた。私を発達障害ではないかとなじる上司もまた、発達障害ぎみだった。
この頃には、処方薬が全く効かなくなってしまい、麻薬の成分も含有されているという咳止めブロンを過剰摂取していた。職場のトイレで嘔吐を繰り返してもやめることはできなかった。一瞬でもこの苦しみに満ちた人生から逃れられるのならば、内臓がいかれても、脳みそが破壊されても、後のことなど知ったことではない、働いているのだから他人にどうこう言われる筋合いはない、と思った。
- で、薬キメながら働くの? ニートするの?
今現在、仕事については模索中で、この先どうしたいとか、ハッキリした展望はない。3月までは市役所に籍を置いてあるので、4月からは無職である。
薬を乱用しながら世間体のためにもう一度公務員試験を受けたり、民間企業で働いたりする選択肢もあるが、私はそれはごめんだと思っている。元いた道に戻れば、また死にたくなるのは目に見えている。「自殺のしかたをぐぐる人生」の記事の冒頭で述べたとおり、死にたいという感情はとてもつらいものである。できれば、死にたいなんて思わないような環境を探して身を置きたいと考えている。
bohyou000000000.hatenadiary.com
私が正社員として働いたのは半年足らずだが、その半年の間にわかったことがある。私は、社会のやり方には馴染めないということである。「嫌だ」、とか「合わない」、のではなく、「できない」のである。
だから、現在は、自分が楽に生きられる方法を、あれは違う、これも違う、と模索している最中だ。この過程をもっと早く、学生時代にやっておくべきだったと今になって後悔している。ただ、当時は市役所の面接に通過することがゴールだと本気で思っていて、まさか一年で市役所を辞めるなんて全く想像していなかった。親の刷り込みもあっただろうが、私の周りの学生たちも「公務員になれば一生安泰だ」と思っていた。
しかし、公務員という特権階級から下りることを余儀なくされてしまったため、次の身の振り方を考えなければならない。今考えているのは、「家庭菜園をして、自分の食糧はまかないつつ、最低限の仕事をする」という生き方である。「半農半Xという生き方」や「フルサトをつくる」という本に、現実的な方法でそれを実現する方法が記されている。
しかし、これもうまくいかないかもしれない。だが、再度正社員として働くことを想像するよりかは、圧倒的にワクワクするし、その方が(自殺を企図しないという意味でも)長生きできそうだと思う。この生き方は、人との縁が大事だと再三繰り返し述べられているので、私には実現できないかもしれないが、コミュニティをたくさん訪れ、居心地のいい所を探せばよいとも書いてある。
また、山奥ニートをしているという石井さん(山奥ニート | ザ・ドキュメント | 関西テレビ放送 カンテレ)は、「田舎では、人手が少ないし、若い人がいるっていうだけで喜ばれる」と語っている。私は職場では無能と存在を疎まれていたし、実家でもいつ働くかわからないニートとして煙たがられているので、居るだけで褒められなんてとても素晴らしい所だと思った。自己肯定感に満ちて、希死念慮も薄まっていきそうだ。
この男性は、「好きか嫌いか言う時間」というテレビ番組では、地域コミュニティという点でも役立っていると評価される一方で、「働くなら週3くらい」とも語っており、取材に対応していた際に着ていたTシャツには「無気力」と書いてある。地域の人に期待され張り切りすぎても、継続しないだろう。こういうゆるい感じでなら私でも生きていけると思う。
春になれば、家庭菜園を始めたい。窓から飛び降りようとした時に、プランターの方を選ばなくて本当によかったと思う。プランターを見るたびに傷がうずくのは嫌だ。