墓の中から

話し合うことはない。とりあえず読んでくれ。

薬を飲みたいときに見るメモ

  

 目が覚めると生きていることを後悔している。

 

 一昨日から薬を自分で購入して服用したが、「苦しいので死にたい」という気持ちはどうしようもない。「薬を飲んで生きる」とは書いたものの、「遺される遺族がPTSDになっても死んだ方がマシである」と思う。

 

 薬で一時的に気持ちを回復させて、友人などと連絡をとったりもした。アルバイトをしようという気持ちにもなった。しかし、それらは薬のおかげである。目が覚めると、「友人と連絡を絶ちたい」「アルバイトなどできるはずがない」と後悔している。

 

 今までは、薬を飲んだらどうにか生きられるのではないかと考えていた。しかし、頭の良い善良な精神科医でさえ「薬なしで社会復帰せよ」と言ってくる。もう死ぬしかない。私は生きている限り「死ぬしかない」と自分を責め続けるだろう。誰に背負ってもらうこともできないこの苦しみをどうにもすることができず、それを抱えたまま死ぬだろう。

 

 こんなことを書くと、また「精神病棟に強制入院」という話になるので、もう黙るしかない。死ね。キチガイ病院にぶち込まれたところで、出所してから機会をうかがって自殺する。

 

 

 よく、「メンヘラ同士で依存しあう」というが、依存できるほど器の大きい人間など存在しない。「こいつに依存などできない」と簡単に諦めがつく。クソ人間に依存することで物事が解決できたら薬など必要ない。自殺などしなくてよい。生活保護制度などできない。しかし、誰かに依存する気も起らない。

 

 私の唯一の救いは、薬である。日本の精神医療はまだまだ発展途上である。薬学も同じである。ロボトミー手術でもよいので、この苦しみをどうにかしてほしい。手術で苦しみを取り除いてほしい。

 

  

 文章を書いて、客観的に感情を見つめているうちに、気分は落ち着いてきた。しかし、「死んだら楽になる」という思いは、認知行動療法などでどうにかできるものではない。キチガイ病院にぶち込まれたところで「生きます」などとは言えない。