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墓の中から

話し合うことはない。とりあえず読んでくれ。

提案

提案

 

 薬を飲んだり、飲まなかったりしてきたけど、「生きていることそのものが苦痛である」と気づいた。この後の人生は、薬を飲んで生きていくか、薬を飲まずに死ぬかの2択である。「薬を飲まずに生きる」という選択肢はない。話しかけても反応がなく、ウツロな状態である。それはもはや生きているとは言えない。精神障がい者で私に何かを主張する権利はないかもしれないが、これだけは主張したい。

 

「薬を飲んで、生きさせてくれ」と。

 

 もちろん、精神疾患を抱えて自殺未遂まで行った娘は社会的にはあまりよろしくない。

しかし、私が自殺して、あなた方に残る精神的ダメージを考えるなら、まだマシな提案であると思う。まあ、薬を飲みながら自殺するかもしれないが、私はできるだけ「死にたい」などと思わずに暮らしていきたい。なので、あなた方が生きている間は自殺をしないことを誓う。

 

「薬を飲んでいない時のあなたの方がよい」と母親が言っていたが、あなたがあの廃人のような、「死にたい」とすら両親に言えない私の方がよいですか? それでは、「自殺しよう」という予告すら聞けずに自殺しますけれども。驚きです。

 

 

 精神医学では、ロボトミー手術で頭のおかしい患者にアレコレ働きかけをしたみたいだけど、副作用で頭がいかれた患者に執刀医が銃で撃ち殺されてしまっている。これはたった40年前の話である。それから、日本の精神医学はどれだけ発達してきただろうか? 日本の医学などお粗末なものである。

 

 なので、薬を飲みながら、体が動く時に運動をしたり、家庭菜園をするのがよい。薬がなければ、父親に「家庭菜園の苗を買いに行こう」と言われるのですら苦痛で押し付けだと感じていた。

 

 今は薬を1錠飲んでいる。何かをしたい気分なので、犬の散歩に行ってくる。今の私は薬で、出来ている。それでいいじゃないか。

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