墓の中から

話し合うことはない。とりあえず読んでくれ。

「あ~、幸せ💛」って思った数秒後に、「ああ、死にてえ」って思う話

  • 「あ~、幸せ💛」って思った数秒後に、「ああ、死にてえ」って思う話

 

 負け犬の味方、加山諦三さんの著者を読んでて、「僕は、自分の意見に賛成する人よりも、批判してくる人の声に耳を傾けたい」みたいなよくわからないことが書いてあったんだけど、私は「いや、自分に賛成してくる人の話しか聞かねえよ!」ってその時は全然言ってる意味がわからなかった。

 

 でも、「賛成されて喜んでる状態ってめちゃくちゃ思考停止してない?!」って気づいたので、記事にして思い出しておくキッカケにしようと思う。批判なんて望んでされたくもないし、私はディベートとか燃やしたいくらいに嫌いだから、炎上とかしたら速攻でブログはやめようと思ってるけど。

 

 自分の意見を言って、賛成されるのって、多くの人は「安心」すると同時に、「もっと承認してくれ!」って思うんじゃないかと思う。私が文章をWordとかに保存して、自分だけのものにせずに、ブログを書くのだって、アクセスが1日に数回ある誰かに認めてもらうためかもしれない。

 

 でも、「イイネ!」って肯定意見ばっかり飛んでくると、きっとしんどい。いや、望んで批判を受けたいわけじゃない。不幸な自分のことを書いて、誰にも認めてもらっても、認めてもらえなくても、それを私は受け入れて生きていかなければならないんだよ、と自分に言いたい。

 

「楽しい後に、つらいことがあるよ」って、薬をキメたくなる自分にも言いたいんだけど。祭りのあとは、いつだって感傷的な気分になる。

 

  • はてなブログとかいう意識高い系ブログでイキって作家を気取ってる私へ

 

 私たちは、ふだん色んな人と関わって過ごしてる。で、基本的に相手の考えなんかどうでもよくて、「自分の都合のいいように動いてくれねえかな」って思いながら、無意識に、相手を操作する言葉を発してると思う(あなたがもしも修行とかしてる僧だったらすいません)。

 

 私も、「健常者は自分のことをわかってくれない」とかさんざんブログで愚痴ってたけど、「健常者ってなんだ?!」「相手が自分の望んでる言葉をかけてくれないから怒ってるだけでは?!」って気がついた。

 

 かといって、自分の考えに「わかるわかる! 私は、そういうのもひっくるめてあなたが大好きだよ!」とか同意全開で言われたら、ああおめえ何もわかってねえな、おまえと話し合うことは何もない、って心を閉ざしてしまってた。

 

 でも、その人なりに、私のことを理解しようとしてくれている、っていう気持ちだけは受け取らなきゃなって思う。自分に対して、おまえは何様だ? ってツッコミを入れる自分を、消してはいけない。

 

 あと、これは自分自身に言っておきたい言葉で、私は小説が好きだった影響で、文章にどうしてもオチをつけて書いて、勝手に完結した気になってるけど、人生にオチなんてつかないし、これからも味気ない人生が続いていくことを覚えておいてくれ。「自殺のしかたをぐぐる人生」って書いたところで、それは過去の話じゃなくて、今でも続いてる人生っていうことを覚えておけ。じゃあな。

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