墓の中から

話し合うことはない。とりあえず読んでくれ。

ハッピー

 昨日、1週間ぶりに薬をキメてめちゃくちゃにラリった。合計20錠くらいキメた。めちゃくちゃ幸せだった。

 

 まあ、キメてる薬はもちろん正しい使い方をしてないから、精神には悪い。だが、「薬を飲まない(断薬)」⇒「薬を飲む(スリップ)」という過程を通して、わかったことがいくつかある。それを文書にしておきたい。

 

 

 私は今までさんざん薬を飲んで、周りに合わせてきた。大学で薬に出会って、薬で人格を変えて、友達を作ったり、彼氏を作ったり、就職面接を受けたり、薬で集中力を高めて勉強をしたりしてた。

 

 だけど、「薬で人格変えてまで、手に入れようとしてきたもの、別にいらねえなあ」っていう結論に至った。

 

 

 まず、「公務員」という職業にこだわりすぎていた。これは親の影響である。公務員も、その特権階級が欲しかっただけで、仕事には何の興味もない。事務作業は苦手である。人間関係が命の公務員では、発達障害ぎみの私はどのみちうまくやっていけなかったと思う。休職することを前提でこの職業を選んだ。

 

 また、友達が欲しくてしかたなかった。薬なしでは人とマトモに話すことができない。表面的な、うわべな付き合いをできる友達もいなかった。薬で人格を変えることで、それはクリアした。しかし、友達に悩みを打ち明けることは今までなかったし、まったく心を開けなかった。私の真の友達は、メンタルヘルスについてボソボソとしゃべるネットの友人だった。

 

 また、ネットを通して恋人を作った。出会い系でも何人かと出会った。しかし、私は「恋人という称号」が欲しかっただけである。公務員試験に合格してから、付き合いだして将来も考えた彼氏もいたが、真剣な話し合いができず、あまりにも器が小さすぎるということが判明し、何度も別れてほしいと告げている。今までダラダラと連絡を取ってしまったが、連絡先を全てブロックし、完全に関係を絶った。

 

 

 私が薬で手に入れてきたものは、「仕事」「友達」「恋人」と、普通の人間にとってはあまりにも普遍的で当たり前のものである。しかし、今では「なんで自分を殺してまで、こんなもの大切にしていたんだろう?」と不思議になる。

 

 

 私がいちばんこわだっていたのは公務員である。面接でのエピソードを語るために、面白くもないボランティアもしまくった。話す力をきたえるために、塾講師のアルバイトを我慢して続けた。1年間も面接対策に通った。

 

 友達の誕生日会に嫌々出席した。自分の誕生日は覚えてさえもらえないし、メールのひとつもよこされることはなかった。大学3回生の頃は、毎日鴨川でひとりで昼食をとっていた。大学の卒業式には出席しなかったし、卒業手前でラインを退会した。

 

 仕事で疲弊しながらも、毎週片道1時間かけて恋人に会いに行った。体力をごっそりけずられながらも、薬を飲んで、相手に合わせた。嫌なことをハッキリ嫌とも言えず、楽しいことだけを共有した。誰よりも多くの時間を一緒に過ごしたが、真剣な話をすることはなかった。何も残らなかった。

 

 

 もちろん、それぞれは私に夢を見せてくれたのだが、「手に入れてみたけどやっぱり違いました~」とポイ捨てできる程度のものしかなかった。それぞれを手放す時は、もちろんしんどかった。

 

 クソ虚しいが、しょうがない。すべて無理をして手に入れたものである。薬を飲んでも、どうでもいいものしか築くことができなかった。

 

 

 「薬を飲むと人を傷つけてしまう」と、過去に記事で書いたが、そもそも、薬がなければ人と縁を結ぶことさえもできなかった。一時的であっても、夢を見せてくれたのだろうが、感謝よりも憎しみの気持ちが強い。

 

 ニコ生のリスナーに、「ありがとうという言葉が軽薄だ、心がこもっていない」などと神から目線のリプライを飛ばされたこともあるが、当然である。私の生きづらさは、おまえら健常者にも一因がある。他人に対して、優しい気持ちになることなどない。憎しみはわいても、慈しみの感情はない。

 

 

 私はこれからも何度も断薬したり薬を飲んだりを繰り返しながら、他人に刃物をフリ回しまくっていくだろう。私は男と寝まくるタイプのメンヘラじゃないし、かまってちゃんメンヘラでもないので、基本的には誰かとあまり連絡を密には取りたくない。

 

 さみしいと思うことはないし、ひとりの時間がとても充実している。こちらが無視していても、向こうからガンガン関わってこようとするタイプの人間はいるが、「ああ、そういう人もいるんだなあ」と思いながら無視をする。「ひとりはさみしい」と思う人もいれば、「ひとりが最高」と思う人間もいる。

 

 

追記)昨日の記事を読んでクソワロタ。薬が入ってる時の私、陽気すぎである。アマギフ、本当にありがとうございました。自分を幸せにできるような使い方をします。クソリプを飛ばす人もいえば、アマギフを黙って飛ばす人もいるんですよね。

 

 

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薬を飲んで生きますけれども?

  • 薬を飲んで生きますけれども?

 

 ブログを一時休止していた。というのも、ブログを書くとクソな自分と向き合わねばならないからである。

 

 また、人と関わるのが億劫になっていた。「だいじょうぶ?」とさえ言われるのも億劫だった。裏垢のツイッターでファボをつけられるのでさえイライラする。両親に話しかけられても答えない。薬がないときは、常に顏は無表情である。

 

 今は薬をキメて書いているのだが、薬があると気持ちがマイルドだ。ハッピー。笑顔になれる。

 

 医者は、重大な副作用が出たリスペリドン内用液の服用を停止させようとしない。「半分にしての飲め」とクソな指示を出している模様。

 

 私は母に「ハイハイじゃあ黙って薬を買ってコソコソ飲みますよ」と言った(実際、そうしています)。なのでこの話は終了!!!

 

★★★

 

 3/14です。ホワイトデーです。

 ああ~~~働いていなくてよかった~~~雑用費(月1000円)に、先輩の結婚資金(1万円)に、チョコレート資金(5000円)に、薬代(3万円/1か月)に、働いてたらウンコみたいに出費が多いもんね!!!!

 

★★★

 

 ところで、善意のリスナーの方が、プレゼントを送ってくれました。

 アマギフです。どうしたんだろう、と思い封を開くと、メッセージにはこう記されていた。

 

(抜粋)貴方の言葉には力が宿っています。貴方は言葉で生きていけます。

    自分の言葉を更に鍛えよう! そして、本をたくさんたくさんん読もう。

 

 

 

感動モノです。これは嬉しすぎました。本当にありがとうございました!!!!!!

 

そういう人の善意に触れると、こうやって「見てくれてる人がいるんだな」と.......。

 

 

 

次はどんな善意に出会えるんだろぅ・・・・・・?|ω・)(チラッチラッチラッチラッチラッチラッチラッチラッ

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ギター

 

 ひとりで過ごす時間はありがたい。ギターが楽しい。両親もおらず、外野のうるささがない。親は放っておけば死ぬまで私の面倒を見てくれるのだろう。

 

 自分から「自立しているので面倒をみなくてもいいですよ」と、ポーズをとらなければ本当に一生面倒をみられるだろう。しかし、私は薬なしには自立することは不可能である。

 

 どのみち、薬なしにこの先やっていくことは不可能なのだから、さっさとクリニックを変更したい。今、「最小限の薬でやっていくスタンス」をとっても、後でまた乱用の日々が始まる。

 

 

 

 私が信じられるのは、ひとりで過ごす時間だけである。文章を書いたり、ギターを弾いたり、自分と向き合う時間が、確実に私を癒してくれる。

 

 他人と何かをやり取りする気にはなれない。薬を飲むのは、他人と関わるためではない。自分のためである。

 

 

 

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ライフハック

①キャンディを食べる

②仏像なぞり書きをする

③文章を書く

④風呂に入る

⑤自己肯定のメモをつける

⑥暖かい所に身を置く

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クソ

 

 頓服で副作用が出てしまったため、昨日から頓服なしでしのいでいる。正直しんどいし、こういうのは長続きしない。しんどい思いをして、我慢したところで、「死ねば楽になる」という思いが離れない。

 

 

 母親は「しんどくないでしょ? なんとかやっていこうよ! 頑張ろうよ! 頑張ればなんとかなる!」という小学校の運動会応援スタンスである。

 

「しんどいけどがんばろうよ」などと言われると、薬をODしたくなる。何を言われてもうんざりするので、顔を合わせたくない。この人は、私がまだ普通の生活に戻れると勘違いしているのだろう。どこまでも「普通」にこだわっている様子である。

 

 

 医者も薬を処方しないスタンスだし、両親も鬱陶しい。薬をODしながら働いて、他人からゴチャゴチャ口出しをされずにいた方がマシである。

 

 

 おそらく、「できるだけ少量の薬でやっていく」というのは、健常者の理論だ。

 死んだほうがよいほど苦しい状態で、「処方薬のみでやっていこうよ!」と言われると「死ねよカス」としか思わない。

 

 

 「薬を自分で購入してコソコソ飲む」⇒「両親にいさめられる」⇒「仕方がないのでしんどいが我慢する」⇒「しんどさが我慢できず薬を自分で購入してコソコソ飲む」の繰り返しである。

 

 

 体がしんどくない時にしていることは、自殺の準備である。「薬なしでやっていこうよ」などと小学校の運動会の応援スタンスでいるのはかまわないが、こういう人に私は殺されるのだろうと思う。

 

 黙ってベランダから飛び降りるのが正解である。黙って自殺をします。機会を見計らって死んだ方がよい。薬を飲んだ状態で他人と関わることも減ってきているし、健常者には自分から連絡をとるのはやめようと思う。断捨離。

 

 

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