墓の中から

話し合うことはない。とりあえず読んでくれ。

閉鎖病棟に入院していた

1ヵ月半、閉鎖病棟に入院していた。手元に薬がなくなり、禁断症状で苦しんだからである。

 

退院してからわかるのは、自意識が静かである。文章も長々と書けない。

 

今あるのは、薬で積み上げてきたものしかない。シラフの自分にとっては、違和感のあるものだらけだ。なぜ薬をあおってまで動画配信なんてしていたのか? 人と話すとイライラするのに、なぜラインを頻繁にしていたのか?

 

そういう自己矛盾におそらく苦しんでいたと思う。薬をあおりながらも、理想の自分と現実の自分の乖離にいらついていた。

 

この先、薬をまたやってしまうかもしれないし、アルコールやタバコなどに依存するかもしれない。ただ、それをやってまた苦しむのはいやなので、またしんどい思いをした時は物質依存ではなく、自殺完遂に尽力したい。

 

苦しみを一時的にまぎらわす物質ではなく、死は苦しみを永遠に終了させられる。だが自殺完遂は難しい。死ねるようなマンションは住人しか入れないし、10階から飛び降りた人も運悪く生きているし、首吊りは国有林に行くハードルが高すぎる。

 

死にたい人間が致死できないのは無様すぎる。

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「なんで自分を殺してまで、こんなもの大切にしていたんだろう?」(メモ)

 今までさんざん薬を飲んで、周りに合わせてきた。大学で薬に出会って、薬で人格を変えて、友達を作ったり、彼氏を作ったり、就職面接を受けたり、薬で集中力を高めて勉強をしたりしてた。

 

 だけど、「薬で人格変えてまで、手に入れようとしてきたもの、別にいらねえなあ」っていう結論に至った。

 

 

 まず、「公務員」という職業にこだわりすぎていた。これは親の影響である。公務員も、その特権階級が欲しかっただけで、仕事には何の興味もない。事務作業は苦手である。人間関係が命の公務員では、発達障害ぎみの私はどのみちうまくやっていけなかったと思う。休職することを前提でこの職業を選んだ。

 

 また、友達が欲しくてしかたなかった。薬なしでは人とマトモに話すことができない。表面的な、うわべな付き合いをできる友達もいなかった。薬で人格を変えることで、それはクリアした。しかし、友達に悩みを打ち明けることは今までなかったし、まったく心を開けなかった。私の真の友達は、メンタルヘルスについてボソボソとしゃべるネットの友人だった。

 

 また、ネットを通して恋人を作った。出会い系でも何人かと出会った。しかし、私は「恋人という称号」が欲しかっただけである。公務員試験に合格してから、付き合いだして将来も考えた彼氏もいたが、真剣な話し合いができず、あまりにも器が小さすぎるということが判明し、何度も別れてほしいと告げている。今までダラダラと連絡を取ってしまったが、連絡先を全てブロックし、完全に関係を絶った。

 

 

 私が薬で手に入れてきたものは、「仕事」「友達」「恋人」と、普通の人間にとってはあまりにも普遍的で当たり前のものである。しかし、今では「なんで自分を殺してまで、こんなもの大切にしていたんだろう?」と不思議になる。

 

 

 私がいちばんこわだっていたのは公務員である。面接でのエピソードを語るために、面白くもないボランティアもしまくった。話す力をきたえるために、塾講師のアルバイトを我慢して続けた。1年間も面接対策に通った。

 

 友達の誕生日会に嫌々出席した。自分の誕生日は覚えてさえもらえないし、メールのひとつもよこされることはなかった。大学3回生の頃は、毎日鴨川でひとりで昼食をとっていた。大学の卒業式には出席しなかったし、卒業手前でラインを退会した。

 

 仕事で疲弊しながらも、毎週片道1時間かけて恋人に会いに行った。体力をごっそりけずられながらも、薬を飲んで、相手に合わせた。嫌なことをハッキリ嫌とも言えず、楽しいことだけを共有した。誰よりも多くの時間を一緒に過ごしたが、真剣な話をすることはなかった。何も残らなかった。

 

 

 もちろん、それぞれは私に夢を見せてくれたのだが、「手に入れてみたけどやっぱり違いました~」とポイ捨てできる程度のものしかなかった。それぞれを手放す時は、もちろんしんどかった。

 

 クソ虚しいが、しょうがない。すべて無理をして手に入れたものである。薬を飲んでも、どうでもいいものしか築くことができなかった。

 

 

 「薬を飲むと人を傷つけてしまう」と、過去に記事で書いたが、そもそも、薬がなければ人と縁を結ぶことさえもできなかった。一時的であっても、夢を見せてくれたのだろうが、感謝よりも憎しみの気持ちが強い。

 

 ニコ生のリスナーに、「ありがとうという言葉が軽薄だ、心がこもっていない」などと神から目線のリプライを飛ばされたこともあるが、当然である。私の生きづらさは、おまえら健常者にも一因がある。他人に対して、優しい気持ちになることなどない。憎しみはわいても、慈しみの感情はない。

 

 

 私はこれからも何度も断薬したり薬を飲んだりを繰り返しながら、他人に刃物をフリ回しまくっていくだろう。私は男と寝まくるタイプのメンヘラじゃないし、かまってちゃんメンヘラでもないので、基本的には誰かとあまり連絡を密には取りたくない。

 

 さみしいと思うことはないし、ひとりの時間がとても充実している。こちらが無視していても、向こうからガンガン関わってこようとするタイプの人間はいるが、「ああ、そういう人もいるんだなあ」と思いながら無視をする。「ひとりはさみしい」と思う人もいれば、「ひとりが最高」と思う人間もいる。

 

 

追記)昨日の記事を読んでクソワロタ。薬が入ってる時の私、陽気すぎである。アマギフ、本当にありがとうございました。自分を幸せにできるような使い方をします。クソリプを飛ばす人もいえば、アマギフを黙って飛ばす人もいるんですよね。

 

 

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エビフライに人生をめちゃくちゃにされた

 私はエビリファイの服用によって、副作用が出て、ベランダから飛び降りた。しかし、医者にエビリファイと同じ成分の薬を処方された。そして昨日、また同じ症状が出た。用法用量を守って服用していたのに、また振り出しに戻ってしまった。

 

 市役所で必要書類をもらいに行って、帰りの電車に乗っている間に症状が出てきた。目の動きがおかしくなるのである。眼球が意図せず上へ上へと向かう。上へ向かいすぎて、空をにらみつけるような形になる。それでもまだ眼球は上へ上へと向かう。目まいで倒れそうになる。目の焦点が合わない。目元を隠しながら帰宅した。

 

 もう二度とあの症状はごめんである。1か月分のエビリファイを処方されていたが、全部廃棄である。親の金とはいえ、薬を廃棄するのはもったいない。医者も薬も信用できない。

 

 

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匿名でクソリプを飛ばしてくるジジイもいれば、匿名で善意を発信している人もいる。

 今まで健常者の世界でお疲れさまでした。これからは、自分を幸せにするために生きていきます。

 

メンヘラ.jp – メンヘラ.jpはメンヘラの暇つぶしのためのWEBメディアです。死にたい気持ちになった時などに、用法用量を守って正しくお使いください。

 

 上記のサイトで、「しんどくても、無理やり楽しむ」という記事があった。私は「しんどかったら、自殺にて人生を終わらせるのがベスト」だと考えていた。

 

 他人の言葉で、今更何かが変わることなどないと思っていたが、「無理やり楽しむ」というのはよい。お笑い動画を見るなり、ゲームをするなり、文章を書くなりするということである。

 

 匿名でクソリプを飛ばしてくるジジイもいれば、匿名で善意を発信している人もいる。そういうことである。

 

 まあ、死にたいほどつらいことはあるだろうが、自殺完遂方法が語りつくされているように、生き延びる方法も語りつくされている。そうした、先人の知恵に感謝して、生き延びようと思う。

 

 

うつ病で自殺未遂をした私がとった「死にたさ」から逃げる方法 – メンヘラ.jp

 

 上記の記事でもあるんだけど、コソコソ薬を飲んで他人に迷惑をかけて生きたほうがマシである。

 

 今まで健常者の世界でよく頑張ってきたよな!!!! 私!!!!! クソ偉いぞ!!!!! よく死ななかったな!!!!! いっぱいつらいことあったよな!!!!! でも今は自分を幸せにしような!!!!! クソリプ飛ばすガイジジイに「死んどけ!」って大声で叫ぼうな!!!!! 他人の気持ちなど知ったことではない!!!!!

 

 

 とりあえず、ガイジ手帳をとったり、リストラ給付を受けたり、国保に入ったり、税金を納めたりしなければならない。健常者にいままでさんざん傷つけられてきたので、これからは迷惑をかけまくっていこうと思います。それでは。

 

 

 

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人間断捨離

 このブログは自分のために書いている。過去の記事を読み返してみて、「なるほどな」と思う。健常者と話し合いをしたところで、「なるほどな」とは思わない。「おまえはそう考えているんだな、でも私は違いますが?」としか思わない。

 

 

 自分と対話をするしかない。他人と話し合っても、気づきは得られないからだ。クソみたいな死んだほうがよい自分と対話をするなんて苦痛でしかない。しかし、やりたくないと思っても自発的にやっている。自分の気持ちを見つめるしかない。

 

 

 こうやってゴチャゴチャ考えずにすむ健常者は、まさに「健全」である。「明日仕事だるいわ~」と言いながらダラダラ飲み会をする健常者は健全そのものである。私は仕事が嫌ならベランダから飛び降りる。

 

 

 健常者は、よく「普通なんかない」と主張するが、どれだけ自分が恵まれているか理解していないのだろう。おまえの周りにある「当たり前」のものは、すべて当たり前ではない。精神障がい者の私を責める前に、自己批判をしろ。

 

 

 私が過去に書いた記事で、薬を飲んだ時に「他人に『死ね』と大声で叫ぶ」という記事にドン引きした健常者が多い。それが「普通」の感覚である。おまえは普通なのだから、ゴチャゴチャ口出しをしてきてもムダである。

 

 

 

 形式的に、「お付き合いをする」と契約を結んでいる人間とスカイプで話し合いをしたが、お互いのために別れた方がよい。「子どもを産む」などもっての他である。精神が健全な女を探した方がよい。顔が可愛い女がいいのかもしれないが、ブサイクでも精神が健全な女の方がマシである。男はメンヘラでも可愛い女がいいとのたまうが、私ならブサイクでも心身共に健康な女の方がよい。

 

 こいつは、「待っていればメンヘラはおさまって、元に戻るかもしれない」と期待しているのかもしれないが、メンヘラは不治の病である。こいつとはもうアレコレ話し合いをする気はないので、この記事を読んでいたら、連絡先を消して連絡をしないでほしい。

 

 「薬を飲んでいたから、関係がうまくいっていた」だけである。関係が元に戻ることはありえない。このように攻撃する私に困惑してシカトをキメるくらいしかおまえはできないのだから、さっさと別れた方がよい。惰性でダラダラと関係を維持させるのは、お互いのためではない。

 

 本来、ブログに書くべきことではないのかもしれないが、これが私の「普通」である。困惑するなら、関係を清算した方がよい。私からはおまえに連絡をしない。おまえには「メンヘラを受け入れる器」がない。

 

 私もおまえに期待していたが、おまえも私に「メンヘラが治るのでは」と期待しているのだろう。無理である。こういう人間にダラダラ長文でメッセージを送っても伝わらないだろうから、「冷めたから別れたい」と言えばストレートに伝わるだろう。

 

 

 

 他人に期待するのはもうやめよう。自分に期待するのももうやめよう。

 

 私は薬を飲んで、他人とうまくやろうと思ってきたが、それがストレスの源である。他人に刃物を振り回して生きることしかできない。刑務所にぶち込まれるようなことをしないだけマシだと思うしかない。

 

 他人と関係を絶って気がつくが、人間関係の断捨離をしているなと思う。自殺に向かっている。

 

 

 

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